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  • 山崎 美穂

「得る」は捨てる

私たちは、何か、「得る」ことを素晴らしいと思い、捨てるとか、失うことを、すごく嫌なことだと思いがちだ。



でも、良く観察してみると、「欲しい欲しい」と思っているのは、私たちの心だけで、案外身体はそんなこと、思っていない。


欠けている、不足だ、不満だ、もっと欲しい


そう感じているのは、脳だけで、身体はパンパンに膨れ上がって、もう欲しくないと思っている。



身体だけじゃない。


部屋も、「もういらない、これ以上は入れて欲しくない」


そう思っているかもしれない。


脳だけ、いつも飢餓状態。




逆に、こうも実態(パンパンに詰め込まれている)と真逆のことを、脳が思えるか?ってことが、不思議じゃないだろうか?


脳って、本当に賢いんだろうか?


いや、たぶん、脳はそんなに賢くない。


NLP心理学では、「脳は現実と妄想の区別がつかない」と断言している。


脳はそんなには、当てにならない。




現実はこうだ。


何かを得るというのは、必ず、何かを失うということとセットになっている。


例えばこうだ。


物を捨てる。すると、空いた空間を得ることができる。


そんな風な例がほかにもないだろうか?


仕事を失う。暇な時間を得る。




実は、「得る」⇒「失う」というのは、大抵、順番が逆で、


「失う」⇒「得る」の順番が正しい。


というのも、私たちは、「余白」をほとんど持たないほど、パンパンにしているからだ。予定も、空間も、空白を嫌うのだ。


パンパンになっているところに、さらに何か詰め込むのは難しいので、大抵、「失う」⇒「得る」の順番になるのだ。




「投資」というのは、手元から一度何かを失うことで、何かを得ようとすること全般を指す。


そういう意味では、宝くじも、手持ちの三千円を失うことで、七億円を得ようとしている、そういう投資だ。




しかしちょっと考えて欲しい。


空けたスペースは、猫の額ほどなのに、そのスペースにグランドピアノを置けるだろうか?




金融工学というマジックがあり、インターネットという魔法の杖がある現在、「美味しい話」が山ほど転がっているように「見える」


けれど、それは、脳が、「こうだったらいいな」という妄想を具現化したもので、「自然」なものではない。


錬金術と一緒だ。


自然は、そういう風にはできていない。


宝くじは、当たると大きい。けれど、宝くじというシステム全体で見てみると、日本国広くから、三千円を集めている。


仮に2000万人が買ったとして、(電卓かちゃかちゃ)

600億だ。


日本人、一人一人から1円もらえたら、1億2千万円!…という計算がバカバカしくなる。


600億稼いで、たった20億か30億を当選者に配布?


500億以上は利益!!!!!!!!


私も今すぐ宝くじを発行したいくらいだ。




自然は、みちみちに満ちていて、余白ができたら、そこをすぐ何かで埋める。


つまり、大きく得たいと思うなら、大きく捨てなくてはいけない。これはリンゴが木から落ちる類の、自然現象。真理なのだ。




失うとか、捨てるということは、本当に嫌なこと、悪いことなのだろうか?


失ってもいいもの。捨てた方がいいもの。


あるんじゃないだろうか?




そして、そういう捨てていいものを捨てたとき、絶対失ってはいけない、あなたをあなたにする核が現れるのではないかと思う。


三連休。


そのうち一日を、私も、自分の頭を整理する時間につかいたいと思う。




ってなわけで、23日(日)から、26日(水)まで、当院お休みをいただきます。


ゆっくりして、色々考える時間にします。



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