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  • 山崎 美穂

人は、鏡。

患者さんにとっては、「?」になるらしいのですが、


鍼灸師も、治療を受けに行くんですよ。



人の身体を健康にするくらいだから、自分の身体のことなんかわかってて当たり前と思われているのかもしれませんが、だれも、自分自身の背中を見ることはできません。


自分自身に対して、完全に客観的な視点は持てないんです。


私個人の限界というより、人間というものの限界です。




さて、ところで私は割と長い間独身主義者だったんですが…モテなかったとも言いますが、小学生の頃は、「大人になったら山に籠る」などと言ってたものですが、、、


今は考えをあらためまして、人と一緒に生きていった方がいいと思っています。




人は一人で完璧にはなれないし、

石を磨くのは石であるように、人を磨くのは人だから。


というのもあるんですが、自分を大事にしたいから、というのが本当のところです。




現代はとても便利で、しがらみもグッと減ってきました。山籠もりなんかしなくても、街に住みながら、独りで完璧に、満ち足りて、生きていけるくらい良い時代です。


「ほかの人に迷惑をかけたくない」「人の邪魔になりたくない」そういう気持ちもあり、お金でサラッとした関係だけ繋いで、都合よく生きていくこともできます。


けれど、「それでもなお」本当の意味で人と繋がろうとしないと、いつか自分が消え、ただの群衆になって、そこに居るけど、居ない存在になってしまう。




治療を受けに行くと、自分のできていないところを指摘されたように、感じる面もあります。


自分自身を見つめるときは、どうしても手心を加えてしまいたくなるけれど、他人はその点容赦ないです。


私が通う先生は優しいので、できてないところを指摘されるようなことはありませんが、あかんところがあったら、心配されてしまいます。


私は治療を受け、アドバイスをもらい、喜んで、幸せな気持ちで帰りますが、それは先生がたが優しい方だから安心していられるのです。


しかし、偉い先生になればなるほど、自分が治療に通うことを恥のように感じる人もいます。




人に指摘する側として自分を定義してしまうと、人から指摘をされる側になることで、プライドが傷つくと感じるのでしょう。


裸の王様です。


王様だろうが大臣だろうが、ゴミがついてたら、人が指摘してくれなければ取れないわけです。


人に「喜んで」「感謝して」頼ればいい。




「顔に鼻くそついてるよ」

「教えてくれてありがとう」


それでいい。




人に「喜んで」「感謝して」頼ると、人からも頼ってもらえます。


他人を消耗品のように、道具のように扱えば、人からもそういう風に扱われます。




人と繋がるというのは、単に一緒にいればいいのではなく、自分以外の人を大切にするということです。



他人の客観的な視線に刺され、辛いときもあります。わずらわしくも感じます。


けれど、人を大事にすることが、自分を大事にすることに繋がります。



人は鏡なのですから、人にされて嬉しいことをすれば良い。



私は、自分がして欲しい治療を、人にします。


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