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  • 山崎 美穂

人生は演劇

自分自身の人生を、劇場でお芝居でも観るように、突き放して見られたら、


「もっと自分のことが分かるだろう」に、と思います。


案外人は、自分のことを知らないです。


ある女性が言いました。


「占いは当たらないから信じない。私はしし座のB型で、リーダーシップがあるって書かれているけど、当たってないもの」


学芸会で、「民B」や「校庭の木C」の役を振られてきたタイプだから、と言う話です。




だけど、私はその人を見て、リーダーというんじゃないけれど、「暴君」タイプだと思っていました。


柔軟に、そのときそのとき、人に合わせて動けるタイプじゃないですし。


本人は、そんな「鈍くささ」も、わき役タイプである所以だと、そう信じているようでした。




自分は器用なタイプじゃないから、自分ができる範囲の仕事を振れ、というのは、結構暴君だと思うのですが、いかがでしょう?


この女性のように、自分自身について、誤解をしている人はいませんか?




まぁ、その女性をすごくディスってるみたいですが、まぁ、ディスっているのですが、「なんやねん。こっちも人に指示出せるほど器用やないし、余裕もないわ」と思ってるわけで、ディスってるんですが。




人が、「自分の弱点」「性格上の欠点」「能力のなさ」と思っているものは、案外、そんなことはないです。


養老孟子さんが、「バカの壁」以来の一連の著作で言っていることですが、


解剖学者として、色んな人体を見てきて、「思考にはたいして個性がない(個体差がない)。個性(能力)の源泉はその人の身体にある」




不器用だ

神経質すぎる

足が遅い

方向音痴

反射神経が鈍い



人が「能力不足」だと感じやすいことではありますが、実はそれこそ、その人の身体が持つ個性ではないか。


私の鍼灸師をやってきて、色んな身体を見せていただき、解剖学者の養老先生の足元にも及ばないながら、やはり「個性は身体にある」と思うようになりました。


言葉は、個性があるようで、ないです。


コピペできるものは、コピペできる。


私たちの思考の大部分は、誰かのコピペをつぎはぎして体裁を保っているものではないかという気がします。



ところが、身体は唯一無二。



過敏すぎる性格、などというものはなく、過敏すぎる五感がある、と思います。



私たちが、「自分の考えだ」と思っているものの、かなりの部分、「からだの個性」なのではないかと。



身体の状態を良くすることを仕事に選びましたが、この仕事で良かったと思います。



身体を整えることは、その人の思考を整えること。



人の思考が整えば、その人が影響を与えるすべてが、自然に良くなっていく。



ひいては、社会を良くしていくことができる。



そう思えます。



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