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  • 山崎 美穂

勉強することを怖がってしませんか?

私は、子どものころ、自分が周りの人と違うことが、怖くて仕方ありませんでした。


怖くて仕方ないけれど、どうしようもなく、人とは同じじゃないんです。




小学生の私は、劣等生でした。


まず小学生にとって堪えるのが、足が遅い。運動神経が悪い。鈍くさいということでした。


カンが悪いんです。何をやっても、人よりできるようになるまで、時間がかかる。




そんな個性を持って生まれてしまったら、やれることを必死で考えるようになります。


自分が人より優れているところはないか?


あったんです。


他の人より、良く本を読むことでした。


家に本があって、本を読む環境に恵まれていました。




でも、ただそれだけで、頭が良かったわけではありませんでした。




ところで、皆さん、日本人の「成人の」平均勉強時間ご存じでしょうか?


6分だそうです。一日6分。


これは、諸外国の水準からして、異常に低い数字だそうです。




「大人になって勉強しなきゃいけないの?」と思われた方もいるでしょう。


「いや、新聞を読むだろうから、もう少し長いんじゃないか?」と思われた方もいるでしょう。


世界の標準はどれくらいなんだ?と思った方もいるかもしれません。




大人はそもそも勉強しなくてはいけないのでしょうか?


私は、大学に入ったとき、就職「超氷河期」と言われた時期でしたので、「就職のために」勉強する、大学以外に専門学校に通ったりしてWスクールする、資格を目指して勉強するという、トレンドがありました。



就職というゴールに向かって、割と多くの学生が、「大学合格後も」勉強した世代です。



そう。


勉強というのは、基本、なにか目的や狙いがあってするもので、だから、そういうものがない状態ではしないのが「あたりまえ」


そういう狙いがない人が勉強しないのは「自然」


なのかもしれません。



では、たとえば、「私はガンで胃の一部を切除した。ガンを再発させないため、ガンや現代医学について勉強する」というのはどうでしょう?


ありそうなことです。




私は、ある時期、勉強するのが怖くなったことがありました。


母親に、「某大財閥では、本を読むなって言うのよ。本ばかり読んでいたら、頭でっかちになって、地に足がついた一人前の人間になれないから、本を読むのを禁止するんですってよ」と言われたことが一つのきっかけです。




周りに本を読む人がいない。


周りに勉強する人がいない。


本を読んでも、娯楽の本しか読まない。


勉強にお金をかけようとすると、「大丈夫?ダマされてない?」と心配される。




そういうことが続き、勉強へのモチベーションが下がってしまったのです。


教養的な本を楽しみで読むだけにとどめようと思いました。




でも、皆さん思いませんか?


ガンになってから、ガンについての本を読むのでは、遅いのではないか、と。




勉強するのは何のためでしょう?


今、コロナで、社会は変化の方向にギアが入りました。


どんなふうに変化するのか?ということも大事ですし、「どういう風にしていきたいか?」という自分のビジョンの側に、未来を添わせることも必要ではありませんか?





ガンやコロナのような、外部から襲い来る変化に対応するためにも勉強が必要。


自分の本質を探り、今後どうすべきか、と未来への方針を考えるためにも、やっぱり勉強が必要。





ただ、流され、流され、生きていく…「悪いようにはならないだろう。これまで大丈夫だったんだから」




歴史を振り返ると、まったく大丈夫どころの話ではありません。


戦乱、天災、差別、飢え…


私たちの先祖が努力しないで、勝手に良くなった…ことは、天災をのぞき、一つたりともありません。


いや、天災すら、どうにかしようと、川に堤防を築き、備えています。(一度、「宝暦治水事件」について調べてみてください)




人のために学ぶ必要はありません。


自分が少しでも生きやすいように、先に視野を確保しておけばよいだけのことです。


変化が起こったとき、それが良いものか?悪い変化か?を見分けること。


その変化に対応できる余力を持つこと。


それが学ぶことの意味です。




学ぶことは怖くない。


不確実な世界の中で、学ぼうとする人は、ただ、よりよく生きたいと願っているだけです。


その隊列に、あなたにも加わってほしい。




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