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  • 山崎 美穂

病気は生活の赤信号


心って、どこにあるんでしょう?


心が脳に宿っているなら、脳だけ取り出して、素敵な夢を見せてあげながら、永遠に生かしておくということもできるかもしれません。


身体と心の関係は、蓄電池と電気みたいな関係だそうです。


電池のどこかに電気があるわけでなく、蓄電池の中いっぱいに電気は満たされている。


同じように、心は身体という器に満たされているものなのだそうです。




腕を失った人が、失ったはずの腕がかゆい、痛いという感覚が残ることがあるそうです。幻肢痛と言います。


身体と心の関係が、電池と電気の関係だとしたら、説明がつきますね。




ふっと思ったのですが、生活とその人とは、切り離すことができるでしょうか?


仕事と自分は別だと考えることはできますが、生活は人生です。


ゴミをポイ捨てする人は、ポイ捨てするような人だし、


花をたくさん育てている人は、花を育てるタイプの人ではないでしょうか。




複雑なものを、細かく分解して(要素に還元して)考えるというのは、実は西洋流だそうです。


要素還元主義というらしいです。




それに対して、東洋哲学では、ものを部分に分解して組み立てるという考え方ではありません。


万物を大きな流れ…つまり気としてとらえ、私たち人も、大自然の気の一部で、死ねばまた大きな気の流れに戻っていくのです。


全体から切り離された部分ではあっても、それは一時的なもので、本質ではないと感じているのです。




いらないものは、切って捨てたらいいという考え方が、ベターな場合もある。けれど、全体としては大きな一つなのだという考え方が、日本人である私たちには馴染むような気がします。




病気は生活の赤信号という言葉があります。


病気は敵視すべきもの、問題視するべきものではなく、私たちに何かを教えてくれようとしているんだという考え方です。


何か、生活上の不自然さや無理があっても、気づいて、ただしさえすれば良いのです。


できれば、黄色信号のうちに気が付きたいですね。


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