たまに「わたし、肩こり感じないんです~」とおっしゃる方がおられます。
別に鍼灸院に来てくださいとは申しませんが、肩こりを感じないことを喜んでいるのは、ちょっと感心できませんね~~~
なぜなら、肩こりは、身体の悲鳴。
あ、お説教はいらないって?
でも、その悲鳴、「酸欠」を意味しているんですよ?
聞かなくてもいいのかな?
私の言葉は聞こえなくても構わないと思いますが、自分の身体の声が聞こえないことを、鼻高々に言ってるのは、ちょっとちがうかな~~
ってことに気が付いてもらえたら、今回の記事はそれでOKなんですが、
身体の声
これ、私も鍼灸師になるまで、聞いてるつもりで聞こえてなかった。あとから気が付いたことがいくつもあるんですね。
一つが「酸欠の声」
酸欠の声は、「重だるさ」として聞こえてくる。
もう一段階すすめると、重だるさってのは、東洋医学で言う「血虚」
血が少ないってことを表してるみたい。
肩こりのような重だるさ
重だるさ=血虚(血が少ない。血がそこに届いてない)=酸欠
細胞レベルの栄養不足は、そんなにすぐ痛みなどの「感覚」としては現れないんですよ。
でも酸欠は、速攻「死」に繋がります。
全身的な酸欠の話じゃなく、「細胞の死」です。
細胞サイズだと、案外、頻繁に、酸欠で死んでるんじゃないかなぁ…どうもそういう気配があるんです。
肩こりの原因は「癒着」
なんですけど、細胞は膜…細胞の膜を通して、栄養と酸素、老廃物を血液というパイプに流し込んでいるんですけど、直で流し込めているわけじゃない。
細胞一個一個と、血管一本一本が結びついているわけじゃないんですね。
細胞は組織にそこそこゆるく、ぷかぷか水に浮かんでいるような形で存在していて、その水を媒介に栄養etcをやりとりしているんです。
その水が、細胞外液で、小ぶりなプールにいくつも細胞が浮いていて、血管は、そのプールに酸素と栄養を放り込む。老廃物はざっくり、そのプールから流出して、血管に流れ込む。
二酸化炭素は、赤血球というより、血液中の水分(血漿)で運んでいるんですけど、血管中に老廃物の混じった液が流れ込んで血漿と混じり、腎臓に運ばれて尿として排出されたり、うんこになったり。
生物の身体はヌルヌルした袋
人間の身体は大きく見れば、「袋」の入れ子状態です。小さい袋の外側に大きな袋が重なって重なって、最後、皮膚という一番でっかい袋に包まれて、人体という個体が成立している。
そして、癒着はそこかしこで生じています。
ヌルヌルの粘液に包まれている袋だけど、一部でもそのヌルヌルが剥がれると、他の袋と簡単に癒着する。
たとえば、私は今座ってこの記事を書いてるわけですが、そうやって10分も座ってるだけで、何個かの細胞はヌルヌルがカピカピになって、癒着を生じているんです。
ちっぽけな細胞レベルだったら、ひとたまりもなく死んでしまっている。
「じっとしているのが、一番身体によくない」というのは、本当の話で、しょっちゅうそんな、「小さな死」が生じてしまっているのです。
細胞の死だけでなく、先ほど書いた「プール」サイズの死もまた、頻繁に起こります。
最小単位のプールから、大きな袋(組織)レベルまで、袋は大小さまざまにあります。
癒着は細胞を機能不全にし、命を奪う怖いこと
癒着は、細胞の死の入り口です。
癒着が起これば、膜の性質が変わり、癒着した膜は、酸素や栄養や水分を極端に通さなくなるのですから。
胃壁の一部、のどの一部、腎臓や心臓と言った臓器の一部に、癒着が起これば、即「機能不全」に繋がるので、場合によって、個体としての死も生じます。
以前このブログに、あざでも人は死ぬと書きましたが、それも同じ理屈です。
あざは、いきなり「膜」に排出しきれないほどの老廃物(血液の固形化したもの)が溜まった状態です。
玄関に大量の荷物を積み上げられたみたいなものです。一旦そうなると、荷物をあっち動かし、こっち動かし、排出に時間がかかるので、その間、細胞が生きるために必要な酸素が供給されず、また範囲が広ければ、細胞どころか、組織の死、器官の死に繋がる。だから「たかがあざ」で人が死ぬわけです。
火傷も同じ理屈。
「たかが皮膚表面」に生じた「だけ」の火傷。
内臓が損傷を受けたわけではなくても、広範囲に、短時間に、細胞が大量死すると、細胞の補給が追い付きません。
だから、たかが皮膚の火傷は、「たかがではない」し、あざも、たかが青タンではないのです。
肩こりの奥深さ
肩こりも、たかが肩こりじゃない。
肩に幾重にも重なる筋肉、とくに深部の筋肉は、上に乗っかった脂肪や他の筋肉によって、つねに「圧力」がかかった状態です。
それだけでも、「ぬるぬる」が「カピカピ」になりやすい条件がそろっていますが、その中でも、筋肉より硬い骨に押し付けられている部分は、骨にこすれて、なおさらカピりやすい。
マッサージで骨を直接触るってことはないでしょうけど、
鍼で骨を触るのは簡単です。
鍼をやってたら、コリが骨に近いところ、骨にくっついたところに多いことなんか、一発でわかります。
もっというと、肩こりで鍼やってると、「らくがん」(和菓子の落雁です)とか「ラムネ」のような、コリコリ硬いものをよく見つけます。
肩甲骨の内側のところに多いんですが、
ちなみに骨には鍼は刺さりません。
らくがんっぽい気配のものは、もともとそういう形質なんじゃなかったと思います。なぜなら正常な人は、らくがんなんかついてませんから。
肩こりがひどかったり、手先に痺れが出るくらい、肩こりがこじれている人に「だけ」、らくがんがあるんですよ。
状況証拠でしかありませんが、たぶん、らくがんの正体は、変質した骨の膜「骨膜」です。
筋肉は骨にくっついていますから(骨付きのカラアゲ食べたらわかると思いますが)、筋肉が骨に付着している部分の骨膜が、変質して、硬く分厚くなっているんです。
鍼でゴリゴリやって、削れるならまだ軽い方。
もっと固くなったら、骨と簡単に区別つきません。
鍼灸師でもたぶん、「なんかこの辺りの骨、感触が違うな」くらいはわかるかもしれませんが、鍼灸師の多くは、骨に当たるほど深く刺さない人が多いので、分からない人の方が多いと思う。
肩こりの正体は、筋肉の、ある束の癒着。その結果としての酸欠です。肩こりが生じているとき、その生じている筋肉の束は、酸欠で死にかかっています。
自分の身体を一つの国だと考えてみてください。
その中で、私たちの意識は、王様の立場です。
肩こりを感じられない王様は、領民の苦しみに無頓着なリア王か、暴君ネロ。
あんまりカッコいいことじゃないでしょう?
少なくとも、「肩こりを感じられなくて得」というのは、間違いだと分かっていただけたかと思います。
「何時間座っていても、平気」というのも、同じこと。
お尻の細胞だって、生きているし、辛くもなる。
座り疲れを感じるくらいで正常なんです。
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PROFILE
山崎 美穂 やまさきみほ
鍼灸師(国家資格 はり師+きゅう師)
大阪の女性鍼灸師
子どもの頃、仕事と主婦業で忙しい母親を見て、「忙しくても通い続けられる治療院があったらな」と思ったのが、開院の動機です。
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