気づくと同時に、スッと動ける。

思った通りに行動できる。

《無事》は当たり前ではないから

鍛え、補い、準備する。

​健康を《習慣》にする。

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こんにちは。

​頭痛・疲れ目・首肩コリ 「そこ!」というコリを狙える鍼灸師

はりきゅう和-nagomi-  院長やまさきみほです。

鍼灸師になった理由…

「母や過去の自分のような働く女性が、もっと楽に、もっと楽しく、生き生きと、その人らしく働けるように支えたい」

私の家は公務員一家で、私も法学部を卒業後、地方の国立大学で事務職として働いていました。でも、まったく向いていませんでした。大学の独立行政法人化などで忙しかったこともあり、採用3ヶ月でうつ病に。

最初は隠して頑張ろうとしましたが、体重が二週間で8キロ減り、髪は白く、経理職だったのにパソコンの文字が象形文字に見えるようになって、それからは休職と復職の繰り返しでした。生きているのか死んでいるのか、わからないようなぼんやりした時間を10年ほど過ごしました。

印象に残っているのは、体力が落ちてしまったことです。自分で自分の体を支えられないほど筋力がなくなり、風邪をひきやすく、ひくと必ずこじれ、治りませんでした。以前の健康を取り戻すまで17年かかりました。

「病人」というポジションになり、できることがものすごく狭められた中で、新しい生き方を考えなくてはならなくなって、「今度は、人の役に立てるを身につけたい」と思いました。

鍼灸師は子どもの頃から、憧れの仕事でした。私が小学生のころ、母が通勤中に追突されてむち打ちになり、それを治してくれた大分県中津市の目の見えない鍼灸師の先生がいて、あこがれの職業でした。

「自分の体を治しながら、自分のペースで仕事ができるかもしれない」と思って目指した鍼灸師でしたが、なかなか実際ほにゃららら…いろいろありました。(長くなるので割愛)

​今は鍼灸師が天職だと思っています。

今、こうして好きなことを仕事にして、あらためて「仕事は大事」だと感じます。人生のほとんどを私たちは何か働いて過ごすからです。

初志貫徹。

私は、過去の自分や、祖父、母親のような、働く人を支える治療がしたい。私の鍼灸は、「働く人の役に立つための技」として活かします。

​-夢-

私の夢は、はりきゅう和-nagomi-を、世界中の駅や空港に出店して、誰もが鍼灸治療を受けられる環境を作ることです。それは、世界中で、日本のビジネスパーソンに活躍してほしいからです。

人は城、人は石垣、人は堀

武田信玄の歌じゃありませんが、すべて人だと思うから。

-名前の由来-

母の名前、和子からとりました。母が、鍼灸師を志す動機になったので。和という漢字には「人と一緒にご飯を食べる」という意味があるそうです。

私の名前「美穂」は、父が。

「実るほど首を垂れる稲穂かな」

傲慢にならず、謙虚に生きなさいとつけられました。

#薬を使わない医療をもっと身近に
#鍼灸は東洋医学の外科部門
#治療理論はシンプル

#コリを取り除き血行を改善する

当院の治療がお役に立てるかどうか、まずはお悩みを聞かせてください。

【略歴】
1976 福岡県生まれ。

2001 国家公務員Ⅱ種試験合格。国立大学に就職。

2008 退職。

2012 森ノ宮医療学園専門学校入学。

2015 はり師・きゅう師の国家資格取得。

​2016 鍼灸院、整骨院に勤務した後、大阪市中央区玉造にはりきゅう和を開業

雑記