鍼灸師

の履歴書

働く母を助けたかった子ども時代の原点。

略歴

1976 福岡県生まれ。

2001 国家公務員Ⅱ種試験合格。国立大学に就職。

2008 退職。

2012 森ノ宮医療学園専門学校入学。

2015 はり師・きゅう師の国家資格取得。

​2016 針灸院・整骨院に勤務した後、母親の名前「和子」から一文字を貰って、「はりきゅう和-nagomi-」を開業。

 

弟三人の長女。

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【ディープな疲労専門鍼灸師】

1976年、福岡県生まれ。小学生の頃、母親が通勤中車を追突されたことがきっかけで鍼灸と出会う。


公務員一家の長女として生まれ、法学部を卒業後、国家公務員Ⅱ種試験に合格。

 

就職し、三ヶ月目に髪の一部が白髪に。疲れ目で目はかすみ、首肩コリ、腰痛、果ては自分で自分の身体を支えられないほどの疲労感。健康を取り戻したいと武道、整体、断食に挑戦した後、子どもの頃憧れた鍼灸師を目指し、大阪の鍼灸学校に入学。


家事と子育てと仕事の両立に苦しみ続けた母。そして仕事のために壊れかけた自分自身の体験から、どうしても取れない「疲れ」にターゲットに絞った鍼灸院「はりきゅうなごみ」を開業。

夢は、働く人がもっと鍼灸を利用しやすくなるように、はりきゅう和-nagomi-を駅や空港にオープンすること。

 

 

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よく訊かれる質問に、Q&A方式でお答えします。

 Q  なんで「鍼灸師」になったの?

 A ​ 子どもの頃から鍼灸が身近だったからです。「鍼灸師はすごい」と思っていて、それが当たり前だったので、逆に理由を聞かれたときびっくりしました。「野球選手になりたい」「アイドルになりたい」と同じくらい普通だと思っていました。

​プロフィール欄にも書いてありますが、私が小学生のころ、母親が通勤中に車を追突されて、頚椎捻挫…ムチウチ症になったんです。母親は「人生に絶望」するほど辛かったらしいです。整形外科でもどこでも治らなかったムチウチを治してくれたのが、大分県中津市の目の見えない鍼灸師さんでした。

私も扁桃腺をよく腫らしていたので、弟と二人連れていかれたことがあるんですが、朝四時に家を出て、六時くらいだったかに受付して、治療の順番が回ってきたのが午後三時でした。普通の民家が並ぶ地域の道路に路上駐車された車がびっしり。

「鍼灸師、すごい」

もう純粋にそう思いました。憧れの仕事ではあったんですが、目の見えない先生だから、特別感覚が優れているんだろうと思って、長年鍼灸師はただの憧れにとどまっていました。

ムチウチに関してはもう一つ思い出があって、私は母のことを大事に思ってはいましたが、どんだけ大事に思っても、当時の母のムチウチで、「人生に絶望」するという感覚は理解できなかったんです。

でも高校時代、英語の先生がスクーターに乗っていて、事故でムチウチになったんですが、私が卒業するころになってもまだ首にコルセットを巻いていらっしゃったんです。それでいくぶんかムチウチというのがどれだけ怖い病気か分かりました。

いくら病気について知識があっても、その本当の苦しみは患者さんにしか分からない。

そのことは今でも何度でも思い返します。

​余談ですが、鍼灸学校に入学したとき、クラスメイトの何割かは、「鍼灸治療を受けたことがありません」と言っていて、「え、なんで鍼灸師になろうと思ったの?」と思いました。

鍼灸受療率7%問題といって、一生のうちに鍼灸治療を受ける人は100人のうちたった7人という調査結果があります。

​世間的には鍼灸の認知度はその程度だと、鍼灸師になるまで迂闊にも知りませんでした。

 

ですので、このホームページ上やブログ、SNS、イベントでも鍼灸について誤解を解こう、理解してもらおうと、つい多弁になってしまいます。

ときどき当院では「鍼灸体験会」を開催することがあります。また、イベントなどにも出店しているのも、誤解を解き、鍼灸を理解してくださる方を増やしたいからです。

鍼灸がどれだけ役に立ち、本当に便利なものだということを、多くの方に知っていただくために、あちこちに出張しています。

「鍼灸について、ちょっと話してくれない?」というニーズがありましたら、お問い合わせください。

© 2017はりきゅう和-nagomi- 大阪市中央区玉造2丁目16-18 TEL : 06-6191-2277   e-mail  89nagomi@gmail.com

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