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はりきゅう和

気づくと同時に、スッと動ける。

思った通りに行動できる。

無事が当たり前でないことを知り、

鍛え、補い、準備する。

​無事を《習慣》にする。

 Profile 

プロフィール

山崎美穂

国家資格はり師・

きゅう師

【略歴】
1976 福岡県生まれ。

2001 国家公務員Ⅱ種試験合格。国立大学に就職。

2008 退職。

2012 森ノ宮医療学園専門学校入学。

2015 はり師・きゅう師の国家資格取得。

​2016 針灸院・整骨院に勤務した後、母親の名前「和子」から一文字を貰って、「はりきゅう和-nagomi-」を開業。

 
弟三人の長女。

頭痛、疲れ目、慢性疲労専門の鍼灸師

はりきゅう和  山崎美穂

小学生の頃、友達のお母さんが私につけたあだ名は、「糸の切れた凧」「極楽鳥」でした。太平楽な性格で、学校からの帰り道、橋の欄干に寝転んで本を読んだりしていました。

もともとの性格はおおらかでも、人生は平らかではなく、小学生の時はいじめにあい、社会人になってからは就職難に苦しみ、公務員になったんですが、就職三か月目にして髪が白髪に。日本語の文字が象形文字に見えるようになり、とちょっとだけ大変でした。

25年前に起こった阪神大震災は入試の年。地下鉄サリン事件、オウム事件、政治的にも新党ブームがあったり、就職は超氷河期だしで、いろんなことがありました。日本は安全でも安心でもなかったし、想像してたより人生は楽勝ではなさそうでした。

だから公務員は人気の職業でした。合格した時には「これで人生安泰」と思わなくもありませんでしたが、まったく公務員に向いてないタイプで、経理部からスタートしたキャリアは、たった三か月目にして「ダメかもしれん」に変わりました。まだ26歳でした。

でもそれから数年は未練たらたらで、公務員の安定を捨てられず、「病気になったからこそ辞めたら終わり」と職場にしがみついていました。

その仕事も、「もう迷惑はかけられない。手放そう」と覚悟を決めて退職したのではなく、休職し医療センターに入院していたとき、人事課長がわざわざやってきて退職勧告されたからという極めて情けない終わり方でした。

鍼灸師になりたいという気持ちがどうして決定的になったかは、覚えています。

3.11と同じ年の2月、祖母が亡くなりました。96歳老衰で。

大正生まれの祖母は、本当に古風な女性で、磯野家のフネさんよりもっと静かで、自分の家ですら気配を消しているような人でした。

そのおとなしい祖母が、ごくごくまれに、「背中をさすってほしい」と言うことがあって、私は…さすってあげませんでした。

そのことが亡くなってから強い後悔になり、それで「人に何かしてあげられる技能が欲しい」と思うようになりました。

 

それが鍼灸師だったのは、子どもの頃母が大分県の目の見えない鍼灸師の先生にムチウチを治してもらったからです。

私にとって鍼灸師は、子どもの頃からあこがれの職業。でも「あの先生がすごかったのは、目が見えなかったから」で、目が見える自分が目指したって、とてもじゃないけどやれる仕事とは思えませんでした。

今はこうして鍼灸師になり、自分が本当にやりたかった仕事はこれだ!と思えますが、その話はまたいつか。

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公務員一家に生まれ、法学部を卒業して、頑張って、無理をして、自分も公務員になろうとしたけれど、そうはなれませんでした。

今、自分は、心から望んだ仕事をしていると思えますし、人にしてあげられることができて嬉しい。実家に帰るたび家族が治療を喜んでくれて嬉しい。

でもそれだけで本当に幸せかな?と考えたらそうではないんです。

 

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鍼灸学校卒業後、実家に戻り、家族や近所の人の治療をして暮らすという選択肢もありました。でも私はそうしたくありませんでした。

母は、通勤中に追突されてムチウチになったのですが、それは鍼灸治療で治りました。しかしリウマチに長年苦しんでいます。

 

そのリウマチを、盲目の鍼灸師が予言していました。「このまま行くと何年か後にリウマチになるから、予防のためにお灸をすえ続けなさい」と言われた通りになってしまったのです。

母が予言にも関わらずリウマチになってしまった理由は、その鍼灸院が通うのが大変すぎたからです。休日を丸一日つぶして、朝4時に家を出て、治療してもらえるのは午後三時という鍼灸院に通い続けるのは、ワーキングマザーで四人の子持ちだった母でなくとも無理です。

 

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誰でも、「健康が大事ですか?」と聞かれたら「大事です」

「仕事より大事ですか?」と聞かれても「大事です」と答えるでしょう。

けれど、実生活上で、健康を、自分自身を、大事にできているか?と聞かれたら、「できていません」「難しい…」と答えることでしょう。

それは、「重要」だけど、「緊急」ではないからです。

縦軸に、「緊急-緊急でない」、横軸に「重要-重要でない」という表を作ったら、母にとってはムチウチは再起不能がチラつくほどの、「緊急で重要」な要件でした。

けれど、予言されたリウマチは、その時点では、「重要ではあっても、緊急ではない」枠だったのです。

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もし、あのとき鍼灸院に通い続けることができたら、母はきっとリウマチにならなかったでしょう。

でも、「重要ではあっても、緊急ではない」ことは、「緊急(大抵は健康ほど重要ではない)」に押しのけられてしまうから、リウマチを予防することができなかったのです。

私はもちろん、重要で緊急な治療(ムチウチ、ぎっくり腰)を任せてもらえることは嬉しいですが、それより、「重要ではあっても、緊急ではない」健康づくりを手伝いたいのです。

頭痛や疲れ目、働きすぎ、過労は、かつての自分や母のようなオフィスワーカーの宿痾です。頭痛と言えば痛み止めでごまかすしかなく、疲れ目には目薬、働きすぎは「休んでください」と言われるだけ。

ほかに良い治療法がない分野だけど、鍼灸なら、血流を改善させることができる。だから、「頭痛・疲れ目・慢性疲労」を専門にすることにしました。

もちろん腰痛やひざ痛、五十肩が治療できないということはありませんが、私が鍼灸師としてやるべき本分は、将来起こりうる疾患の予防、つまり日常的な健康づくりの「お手伝い」です。

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このページのトップにはこう書いています。

「思いついたとき、スッと動ける。思った通りに行動できる。無事が当たり前でないことを知り、鍛え、補い、準備する。無事を《習慣にする》」

リウマチはしんどい病気です。

頻繁に高熱が出るし、関節や骨が変形すると、できないことが増えていきます。「気づくと同時にスッと動ける。思った通りに行動に移せる」という行動の自由が減るのです。

自由に動ける「無事」の状態は、決してあたりまえではなく、年齢を重ねるごとに、維持するのが難しくなります。

無事じゃない状態にならないよう、先に、先に準備が必要で、つまり「鍛え」、「補い」、「準備する」、そういうアドバイスをしていきたいからです。

「治す」ことは鍼灸師の本分ではありますが、この世には7000もの疾患があり、うち6500は治療法がないそうです。

 

「かかってしまってからでは対処できない病気」、リウマチがまずそのような病気だし、うつ病もまたそういう病気です。

だから「病気になりにくい身体」「かかっても治りやすい身体」を作るところから関わりたい。うちを利用してくれる方には、健康に関する相談をするクライアントとして接していきたい。患者さんと呼びたくない。いや、患者さんにしたくない。

人生の「想定外」を減らす方が、トラブルになってから解決するより、よっぽど賢い。

・病気になったら、病院(鍼灸院)で治してもらえばいい、という無責任な人。

・健康マニアの頭でっかち、知識を集めてもまったく実用できない情報弱者。

・自分の身体のことは全部分かってると傲慢になっている人。

私はそういった方に、そうじゃない、と言いたい。現代医学だって、まだ「どうすれば健康になれるか」という正解にはたどり着けていないのだから、健康の正解なんか誰も知らない。ただ健康になろうと努力することしかできないんだということ、それを伝えていきたい。

が好きな人は、ただを摘むだろう。

だが花をしていれば、世話をし、毎日水をやるだろう。

あなた自身を愛してください。

​そのために、あなたの身体のことを知ってください。